日曜日, 11月 03, 2013

【人間姿勢は一つでいい~佐藤忠良先生から学んだこと】

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>       「人間の姿勢は一つでいい
>        ~佐藤忠良先生から学んだこと~」
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>          笹戸千津子(彫刻家)
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>               『致知』2013年9月号
>                    「致知随想」より
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> └─────────────────────────────────┘
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> 「人間はある年齢になると下降線を辿る。
>  だけど僕は、地面スレスレでもいいから、
>  ずっと水平飛行しながら一生を終えたい」
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> 世界的な彫刻家・佐藤忠良先生はこの言葉どおり、
> 二年前に九十八歳で亡くなるまで
> 創作活動に情熱を燃やし続けました。
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> 私が佐藤先生とご縁をいただいたのは昭和四十一年、
> 新設された東京造形大学の一期生として入学した時でした。
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> 母と乗った入学式に向かうバスで、
> たまたま隣にハンチング帽をかぶり、
> 大きな鞄を抱えた、俳優の宇野重吉さんに似た男性が
> 座っていました。
>
> その人が佐藤先生だったのです。
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> 先生は山口の田舎から一緒に上京してきた母に
> 親切に話しかけてくださり、
> 細やかな心遣いを示してくださった一方、
> その直後に行われた入学式では実に斬新なスピーチをされました。
>
> 日本の美術大学の歴史が始まって以来、
> これほど程度の低い学生が集まったことはないだろう。
>
> けれども私は、本人も世の人も天才だと思っているだろう
> 私の母校・東京藝術大学の学生と競争させてみるつもりだ。
>
> 素直に一所懸命に勉強すれば、
> 卒業時には一番成績の悪い学生でも
> 藝大の学生の下から三番目以上の力をつけさせる」
>
> 父母もいる前でこんな話をする先生のことを、
> 最初は随分変わった人だと思いましたが、
> 授業を通じてそのお人柄と芸術に対する深い洞察に触れ、
> 私はたちまち深い感化を受けました。
>
>
> 「大学の門を一歩くぐったら、
>   僕は教える人、君たちは習う人、
>   この区別をハッキリさせよう。
>
>   でも大学の門を一歩出たら、
>   お互いに芸術で悩む人間同士として付き合おう」
>
>
> そんな佐藤先生から、四年の履修期間が終わり、
> 研究室に三年間残った後、
>
>
> 「僕のモデルを務めてほしい。
>   その代わり僕のアトリエで自由に仕事をしていいから」
>
>
> と誘われ、私は迷わず承りました。
>
> おかげさまで私は先生のそばで創作活動を続けながら、
> 「帽子・夏」をはじめとする「帽子シリーズ」など、
> 七〇年代以降の先生の九割方の作品で
> モデルを務める僥倖に恵まれました。
>
> そのうち秘書のお仕事も担うようになり、
> お亡くなりになるまで
> 四十年以上も身近にお仕えしたのでした。
>
> 私が彫刻の道を志した当初、
> まだ女性で彫刻をやる人は稀でした。
>
> けれども父は、
> これからは女性も手に職を持たなければならない、
> と理解を示してくれ、
>
>
> 「おまえは特別才能があるわけではないから、
>   人より少しでも抜きん出たかったら人の三倍やりなさい」
>
>
> と励ましてくれました。
>
> 私自身も、せっかく生まれてきたからには
> 自分をとことん試してみたいと思い、
> 自ら土日もなく佐藤先生のアトリエに通い詰め、
> 作品審査では必ず他の方より多く出品し続けました。
>
> 先生も私の意気込みに応えてますます創作に熱中され、
> 二人で競うように作品に取り組み続けたものです。
>
>
> アトリエでは先生の粘土練りや心棒づくりをお手伝いしながら、
> 概ね午前中に自分の作品制作を行い、
> 午後は先生のモデルを務めました。
>
> モデルを務めている時間は当然自分の作業はできませんが、
> 先生が制作に呻吟される姿を直に拝見するのが、
> 何物にも代えがたい勉強でした。
>
> 作品に向かう先生の姿勢は大変厳しく、
> 道具や粘土を粗末に扱うと厳しく叱責されました。
>
> また、彫刻に男も女もない。
> 男に手伝ってもらおうと思った瞬間から負けが始まる、
> と女性にも一切甘えは許されませんでした。
>
> 若い頃は
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>
> 「こんなみっともない作品を
>   僕のアトリエに置いてもらったら困る」
>
>
> と完成間近の作品を壊すよう命じられ、
> 涙に暮れた体験は数え切れません。
>
> けれども先生は、一度制作の場を離れると
> 実に温かい思いやりを示してくださいました。
>
>
> 「世の中には低姿勢とか高姿勢って言葉があるけれども、
>   人間の姿勢は一つでいいんだよ」
>
>
> と、どんな偉い方にもへつらわず、
> また職人さんやお手伝いさんにも細やかな心遣いを示されるので、
> 面会した人は誰もが感激し、先生の虜になりました。
>
> こうした先生の姿勢は、幼くして
> 父親を亡くし他家へ書生に入り、また先の大戦で応召し、
> 三年間もシベリアで抑留生活を送られた
> ご体験とも無関係ではないでしょう。
>
> イギリスに彫刻家のヘンリー・ムーアを訪ねた時、
> 既に晩年で病床にあったムーアが、
> きちんとネクタイを締めて応対してくれた姿勢に感銘を受け、
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>
> 「隣人へのいたわりや優しさのない人間が創る芸術は、
>   すべて嘘と言ってもいい」
>
>
> と繰り返されていました。
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> 学生時代に師事した朝倉文夫先生から
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>
> 「一日土をいじらざれば一日の退歩」
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> と教えられた佐藤先生は、講演会などで若い学生から、
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> 「佐藤先生のような素晴らしい作品を
>   創作するにはどうしたらいいですか?」
>
> と質問されると決まって、
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>
> 「コツはただ、コツコツコツコツやることだよ」
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>
> とユーモラスに答えていらっしゃいました。
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>
> 生涯水平飛行を願った先生ですが、
> それは極めて辛いことだともおっしゃっていました。
>
> それでも先生は毎朝八時過ぎには必ずアトリエに入り、
> 生涯休むことなく活動を続けられました。
>
> 私もこの偉大な師の志を継ぎ、
> 命の炎が尽きるまで
> 創作活動に打ち込んでゆきたいと願っています。

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